く變にあらたまつた沈默を續けました。
 勿論、その時の皆《みんな》は、S中尉のプウアな戀物語を暗に嘲笑してゐたのではなかつたでせう。また、必ずしも自分自らがたつた今打ち明けた、銘銘の戀愛の經驗と云ふものをS中尉のそれに較べて、それ程誇るに足るだけの幸福とも亦、愉悦であつたとも感じてはゐなかつたに違ひありません。寧ろ或る者は、S中尉の卒直な、飾りつ氣のない物語を聞いて、若しさうだつたとすれば、少くとも自分が自らの戀物語に對して加へた、故意の潤色や、或は假構の美化を内心恥ぢたいやうな氣がしたかも知れません。が、それよりもS中尉の前に影のやうに現れて、影のやうに消えた女のことを考へて見ると、それぞれの戀の對象で嘗ては夢中になつて戀してゐた自分の女の行手が、頼りなく、寧ろ皮肉られるやうな心でふいと想像されたのではなかつたでせうか、女にとつては機縁さへあれば、男から男へと無反省に流轉して行くのはなんでもありますまいから。けれど要するに自分のそれも、S中尉のそれも、結局は大きな圓周上の一點に歸してしまふやうな、人生の極めて些細な、無意味な一茶飮事に過ぎないものだと云ふことに、氣が附いたのかも知れま
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