。」つて、石を出すと、姐さんは本から眼を放さないで、「あいよ。」つて手を出したの。受けると馬鹿に重いもんでせう。きやあつて言つて驚いて庭へ投げ出しちまつたの。地響きがしてよ。姐さん隨分怒つたわ。
庭に穴があいたもんだから宿屋の人にも叱られてよ。でも隨分面白かつたわ。
水の時の話はそれつきりだけど、まだ跡で面白い事があつてよ。あたし達の泊つた箱根の春本の藝者で小玉《こたま》とか何とかいふ人が、この頃赤坂へ來てゐるのよ。こなひだ三河屋で一緒になつたら、向うの方で頻《しき》りに水の時の話をしてゐるのよ。あの時は家へ來て泊つた鈴木のお客に餘所行の下駄を二足とも穿《は》いて行かれてしまつて、あんな困つた事はなかつたつて言つてるのよ。水が濟んでから二三日してお座敷へ行かうと思ふと下駄が足駄も駒下駄も兩方とも無かつたんですつて。
あたし、どきつとしてよ。あたしが穿いて出た下駄に違ひないんですもの。あたしあの時なんでも構はず出てゐる下駄を突つかけて出た覺えがあるの。
それから、あたしその小玉さんとか言ふ人にあやまつたわ。あたし、あやまるの大嫌ひだけども、泥坊つて言はれるのは厭だからあやまつたの
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