今戸狐
小山内薫

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)矢張《やっぱり》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)晩|他所《よそ》からの
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 これは狐か狸だろう、矢張《やっぱり》、俳優《やくしゃ》だが、数年《すねん》以前のこと、今の沢村宗十郎《さわむらそうじゅうろう》氏の門弟で某《なにがし》という男が、或《ある》夏の晩|他所《よそ》からの帰りが大分遅くなったので、折詰を片手にしながら、てくてく馬道《うまみち》の通りを急いでやって来て、さて聖天《しょうてん》下の今戸橋《いまどばし》のところまで来ると、四辺《あたり》は一面の出水《でみず》で、最早《もはや》如何《どう》することも出来ない、車屋と思ったが、あたりには、人の影もない、橋の上も一尺ばかり水が出て、濁水《だくすい》がゴーゴーという音を立てて、隅田川《すみだがわ》の方へ流込《ながれこ》んでいる、致方《しかた》がないので、衣服《きもの》の裾《すそ》を、思うさま絡上《まくりあ》げて、何しろこの急流|故《ゆえ》、流されては一大事と、犬の様に四這《よつんばい》になって、折詰は口に銜《くわ》えながら無
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