我夢中、一生懸命になって、「危険《あぶない》危険《あぶない》」と自分で叫びながら、漸《ようや》く、向うの橋詰《はしつめ》までくると、其処《そこ》に白い着物を着た男が、一人立っていて盛《さかん》に笑っているのだ、おかしな奴だと思って不図《ふと》見ると、交番所《こうばんしょ》の前に立っていた巡査だ、巡査は笑いながら「一体《いったい》今何をしていたのか」と訊くから、何しろこんな、出水《しゅっすい》で到底《とうてい》渡れないから、こうして来たのだといいながら、ふと後《うしろ》を振返《ふりかえ》って見ると、出水《しゅっすい》どころか、道もからからに乾いて、橋の上も、平時《いつも》と少しも変りがない、おやッ、こいつは一番やられたわいと、手にした折詰を見ると、こは如何《いか》に、底は何時《いつ》しかとれて、内はからんからん、遂《つい》に大笑いをして、それからまた師匠の家《うち》へ帰っても、盛《さかん》に皆《みんな》から笑われたとの事だ。



底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房
   2007(平成19)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「怪談会」柏舎書楼
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