食いに行くと、またそこの婢女《じょちゅう》が座蒲団を三人分持って来たので、おかしいとは思ったが、何しろ女房の手前もあることだから、そこはその儘《まま》冗談にまぎらして帰って来たが、その晩は少し遅くなったので、淋しい横町から、二人肩と肩と擦《す》れ寄《よ》りながら、自分の家の前まで来て内へ入ろうと思った途端、其処《そこ》に誰も居ないものが、スーウと格子戸が開いた時は、彼も流石《さすが》に慄然《ぞっ》としたそうだが、幸《さいわい》に女房はそれを気が付かなかったらしいので、無理に平気を装って、内に入ってその晩は、事なく寝たが、就中《なかんずく》胆《きも》を冷したというのは、或《ある》夏の夜のこと、夫婦が寝ぞべりながら、二人して茶の間で、都《みやこ》新聞の三面小説を読んでいると、その小説の挿絵が、呀《アッ》という間に、例の死霊が善光寺《ぜんこうじ》に詣《まい》る絵と変って、その途端、女房はキャッと叫んだ、見るとその黒髪を彼方《うしろ》へ引張《ひっぱ》られる様なので、女房は右の手を差伸《さしのば》して、自分の髪を抑えたが、その儘《まま》其処《そこ》へ気絶して仆《たお》れた。見ると右の手の親指がキ
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