漫遊中の江戸の画師《えし》、狩野《かのう》の流れは汲めども又別に一家を成そうと焦っている、立花直芳《たちばななおよし》という若者であった。
「三面の仙境には、江戸にいる頃から憧憬《あこが》れておりました。そこをぜひ画道修業の為に、視《み》ておきとう御座りまする」
「それは御熱心な事で御座る。幸い当方に於いても、三面の奇景は申すに及ばず、異なりたる風俗なんど、絵に書き取りて、わが君初め、御隠居様にも御目に掛けたいと存じたる折柄。では御同行|仕《つかまつ》ろう」
 米沢の城下から北の方《かた》二十里にして小国《おぐに》という町がある。ここは代官並に手代在番の処である。それからまた北に三里、入折戸《いりおりど》という戸数僅かに七軒の離れ村がある。ここに番所が設けられて、それから先へは普通の人の出入を許さないのであった。
 入折戸に着くまでが既に好《い》い加減の難所であった。それから蕨峠《わらびとうげ》を越していよいよの三里は、雪が降れば路が出来るけれど、夏草が繁ってはとても行来《ゆきき》は出来ぬのであった。
 勝成裕及び立花直芳の一行十五人は、入折戸を未明に出立して、路なき処を滅茶滅茶に進ん
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