がわ》が竹釘で打付けてある、その上部の穴からして、ジッとこちらを凝視している一つの眼。それは別段大きくはないのだけれど、いやに底光りがして、何とも云えない凄味《すごみ》が差すのであった。その怪しき眼と直芳との眼とがバッタリと見合った時には、直芳は思わずゾッとして、怪しき無形の毒矢にでも、射込まれたような気持を感じたのであった。
 それで急いで反対の方を見た。そちらの壁には、蔭乾《かげぼ》しにと釣り下げてある山草花の横手から、白露の月に光るが如き涼しく美しき眼の輝きが見えた。若き女性《にょしょう》と直覚せずにはいられなかった。あの浴泉の美女ではないだろうか。どうもその様に思われてならなかった。
 壁を透かして雪の肌が浮出すかのように感じられて、直芳は恍惚たらずにはいられなくなった。

       三

 大炊之助は家重代の宝物、及び古文書を出して、勝国手に見せるのであった。いずれも貴重なる参考物なので、念入りに国手は調べ出した。
「この間に近所の見取絵を作りとう御座りまする。暫時失礼致しまする」
「ああ、それは宜しかろう」
 直芳はただ一人で屋外に出た。そこに村人は集まって、乾した股引《ももひき》脚半の小紋或いは染色《そめいろ》を見て、皆々珍しがっているのであった。
 家数昔は五十戸有ったが、今は二十戸という、その割には人の数の多いのに驚かれた。男は麻布の短き着物、女子《おなご》は紺の短き着物、白布の脚布《きゃふ》を出していた。髪は唐人風の異様に結んであった。最前の浴泉の美女はこの中にいないかと、直芳は注意して見たけれど、どうしても見つからなかった。
 従者頭の中老人(佐平《さへい》という)に向って直芳はささやいた。
「今日まで絵にも見た事のない美しい娘を見つけ出した。なろう事なら妻にもらい受けて、江戸へ同伴致したい」それが串戯《じょうだん》とも思われなかった。
「それはとてもむつかしい事で御座りまする。この里からは女を一歩も踏み出させぬ昔からの定法で御座りまするで」と従者頭の中老人は答えた。
「それでは、この土地へ入婿に来たいものじゃ」
「それも駄目で御座りまする。他土地の者は、決して入れませぬ」
「ああ、それでは、どうする事も出来ぬのかなァ」
 絶望した直芳は、村人が後《うしろ》から付いて来ぬように、ソッとこの家の庭を出て、森中から岩山へと登って見た。中腹には名
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