中から拾ったとて、美濃《みの》横綴《よこと》じの手帳を持って来た。云うまでもなくそれは直芳の物で、途中の風景その他が写し取ってあった。それには美しき娘の髪洗いの裸体画が書きかけにしてあるのが最後であった。
 大炊之助もそれを見た。忽ち覚る処が有ったらしかった。けれども何とも口外せず、恐縮したのであった。髪洗いを見た他郷の人を殺すという事は、三面谷の秘密で、又それを決して好い事とは思っていぬからで、なるべく米沢藩に知れぬようにしたいと考えたのであった。
 夜が明けてからであった。
「それでは拙者が自から捜索致そうで」
 勝成裕が云い出した。こうなると大炊之助も従わずにはいられなかった。真先に行ったのは、例の古宮であった。祭神は単に山の神とのみ、委《くわ》しくは分らなかった。
 先ず成裕は御手洗《みたらし》に手を清めて社参すべく拝殿に向い、鈴を鳴らそうとして、手綱の蛇の首に眼が着いた。
「これは毒蛇の首」
 その胴の方が拝石の横に有るのにも注意した。それから境内の青萱の一部が切り取られているにも心着いた。その青萱の中で争闘したらしい形跡の有るのも発見した。しかしどうしても直芳の行方は分らなかった。
「大炊殿、もしここで物争いでもして一人が逃げたとする。それを追うたとすれば、どちらへ向ったもので御座ろうな。足順と申そうか。まァ、それはその時の様子と、人の気の向きでは御座るけれど」
「左様に御座りまする。この境内から西南へ掛けてが、土地では熊取路《くまとりみち》と申しまして、路と申す程の路では御座りませぬが、人の行くようには成っておりまする。が、何分にも難所で御座りまするが、まァそちらへ向くのが足順のように思われまする」
「その先は何処《どこ》かの里へ出られまするか」
「とても人里へは」
 成裕しばらく考えていたが。
「とにかくこれを行く処まで行って見ると致そう」
 一行に村人を加えて、大勢で進んで見た。
「あッ、こんな物が」
 先を切っていた村の者の一人が叫んだ。見ると矢立が落ちていたのであった。云うまでもなく直芳のであった。
 これで一同勇気が出て、かれこれ一里余りも分入《わけい》った時に、また先頭の一人が叫んだ。
「大変だッ」
 そこには古い熊の巣穴があった。その中に六次三郎が、血みどろになって死んでいた。ことごとく刃物の傷であった。
 だが、直芳と小露との行方は、ど
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