宮の背後から、ぬっと出て来たのは、筋骨|逞《たく》ましい村の若者であった。それは怪獣のような鋭い眼をして、繁りの青萱の中を睨みつめた。
執念の毒蛇の首は、未だ鈴手綱の端を咬んだまま、ときどき、ビクリ、ビクリとしているのであった。
五
勝国手は古文書《こもんじょ》を写しなどした為に、早夕方になったのに驚き、今晩は大炊之助の家に厄介になるより他なくなった。
茶と塩鮭の塩味とで煮た昆布を吸い物とし、それから、胡瓜《きゅうり》を切って水に浮して、塩を添えて夕食を出された。それは未《ま》だ食べられたが、困ったのは酒を強いられた事で、その酒たるや、正月に造ったという濁酒《どぶろく》で、蛆《うじ》がわいているのであった。
それは好《よ》いが、もう暗くなったのに、直芳が帰って来ぬのが心配になり出した。
従者をして付近を捜索さしたが、どこへ行ったやら少しも知れなかった。大炊之助の方でも心配して、村人を催して大捜索に取掛かった。
「五兵衛太《ごへえた》の娘の小露《こつゆ》の行方も知れぬ」村一番の美しい娘、それの行方も知れずなったのであった。
炬火《たいまつ》を皆手にして三面谷の隅々を探し廻ったが、娘小露ばかりでなく、直芳の姿も見えなかった。
「夏は熊が出て、人をさらうという事はない。されば神隠しに相違あるまい」と云い出す者があった。
「でも、一人ならず、二人まで、同時に神隠しというは……」と否定するのもあった。
「や、二人ではない、三人じゃ。手熊《てぐま》の六次三郎《ろくじさぶろう》が行方知れぬ」と新しい事実を報告する者が出て来た。今まで平和であった三面の村は滅茶滅茶に破れたのであった。
従者頭の佐平が密々に勝国手に告げた。それは直芳がある娘に恋した様子で、江戸へ連れて行きたいがと相談かけられた時の有様を語ったのであった。
「や、それでは大概事情が分った。直芳は殺されたかも知れぬ。知らぬ土地に入ってうかうかと、娘に恋慕などすると、飛んだ間違いが起るものじゃ。困った事が出来た。恐らく或る個所で直芳がその娘に云い寄っている処を、その娘の許嫁《いいなずけ》の男でも見つけて、殺害したかも知れぬ。小露とやらがその娘で、六次三郎とやらが許嫁の男であろう。だが、この事を口外致すな」勝国手は考え込んでいた。
すると、捜索隊の一人が、山の古宮《ふるみや》の境内の青萱の
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