都合のある事じゃで」
「いや本気で仰有《おっしゃ》るとなら、実に近頃お見上げ申した御方様で。どうもこの文無しで宿を取る人間に限って、大きな顔をして威張り散らして、散々《さんざん》大尽風《だいじんかぜ》をお吹かせの上、いざ御勘定となると、実は、とお出《い》でなさいます。一番これが性質《たち》が悪いので、それを最初から懐中欠乏。それで長逗留との御触れ出しは、半田屋九兵衛、失礼ながら気に入りました」
「それでは機嫌よく泊めてくれるか」
「ところがその何分にもはなはだ以て、その、恐縮の次第で御座りまするが、どうかハヤ御勘弁を……いえこれは御客人が物の道理の好くお了解《わかり》の方と存じまして、ひたすら御憐憫《ごれんびん》を願う次第で御座りまするが、実は手前方、こうして大きく店張りは致し居りますれど、内実は火の車。借金取が毎日詰掛けますので……」
「いや、よろしいよろしい。話は皆まで聴かずとも相分った。つまり我等を泊めては迷惑致すというのであろうな。それはもっともの次第であるので、早速他に転宿致そう。ではあるが、半田屋の主人《あるじ》、後日に至って、アアあの時にお断り申さなんだら好かッたと後悔す
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