りょじんやど》。出て来る給仕の女とても、山猿がただ衣服《きもの》を着用したばかりでのう」と説明の委《くわ》しいのは既にこの土地に馴染の証拠。
「したが、女中は山猿でも、当家の娘は竜宮の乙姫が世話に砕けたという尤物《いつぶつ》。京大阪にもちょっとあれだけの美人は御座るまいて」と黒い浪人は声を潜《ひそ》めながらもニコニコ顔で弁じ立てた。
「や、駒越氏《こまごえうじ》には、もう見付られたか。余の儀は知らず女に掛けては恐しく眼の利く御人でがな」と総髪の人は苦笑《にがわらい》を禁じ得なかった。
「何はしかれ、先ず酒に致そう」と色の黒いのが向き直った。
「いや、その前に、当家の主人《あるじ》を呼出して、内意を漏らしてはいかがで御座りましょう」と総髪のがちょっと分別顔をした。
「なる程、俊良《しゅんりょう》殿の云われる通り、それが宜《よろ》しかろう」と若侍は賛成した。
 早速呼出された当家の主人半田屋九兵衛。これが土地での欲張り者。儲《もう》かる話なら聴くだけでも結構という流儀。その代り損卦《そんけ》の相談には忽ち聾《つんぼ》になって、トンチンカンの挨拶《あいさつ》で誤魔化すという。これもしかし当時
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