《はたごや》半田屋九兵衛《はんだやくへえ》の奥二階。欄干《てすり》に凭《もた》れて朝日川の水の流れを眺めている若侍の一人が口を切った。
「どうもこうした景色の好い場所に茶屋小屋の無いというは不自由至極。差当りこの家《うち》などは宿屋など致さずして、遊女|数多《あまた》召抱えるか、さもなくば料理仕出しの他に酌人ども大勢置いて、大浮かれに人の心を浮かした方が好かりそうなもの」
 同伴の色の黒い、これは浪人体のが、それに次いで口を開いた。
「これ、滅多な事を申されな」
 それを制止したのは分別あるらしき四十年配の総髪頭。被服から見ても医者という事が知れるのであった。
「かの伊賀越《いがごえ》の敵討、その起因《おこり》は当国で御座った。それやこれやで、鳥取《とっとり》の池田家と、岡山の池田家と御転封《ごてんぽう》に相成り、少将様こちらの御城に御移りから、家中に文武の道を励まされ、諸民に勤倹の法を説かせられて、第一に遊女屋は御禁制《ごきんぜい》じゃ。いや、この家も以前には浮かれ女を数多召抱えて、夕《ゆうべ》に源氏の公《きみ》を迎え、旦《あした》に平氏の殿を送られたものじゃが、今ではただの旅人宿《
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