ながら、立聴きするを怠らなかった。
この間《ま》にお綾は裏口から河原へ出た。そこには野末源之丞が待兼ねていた。
五
誰も他にいなくなった離れ座敷では、忽ち形勢が一変した。金三郎の胸倉を取って智栄尼は小突き始めた。
金三郎は両手を合せて拝み拝み。
「まァ密《ひそ》かに。荒立ては万事が破滅、密かに……頼む……これ、後生じゃ、頼む」
「いや頼まれぬ。破滅しても構わぬ。いや、破滅の方が却って拙尼《せつに》には幸いじゃ。この悪性男。拙尼が虎の子の様にしている貯えの金三百両引出して、これが支度金で出世が出来ると備前の太守の御落胤を売物にして、三人での旅立。それは確かな証拠もある事ゆえに、それに相違はなかろうけれど、出世したところでこの家の娘を嫁に引取る料簡《りょうけん》では、拙尼の方が丸潰れじゃ。御取立に預った上は、必らず後から呼び迎えるという、あれ程堅く約束をして置きながら、浮気するとは何事ぞい。こうした事もあろうかと、拙尼も天王寺《てんのうじ》の庵室にジッとしてはいられず、後から尾《つ》けて来て見れば、推諒《すいりょう》通りこの始末じゃ。もう三百両の金無駄にされても好い
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