》しくしているのであった。
「おう、お前様は晩方お泊りの尼さんでは御座んせぬか。あなたのお部屋は表二階。それがいかに暗闇《くらやみ》とは云いながら、間違えるのに事を欠いて、離れ座敷のここへは?」とお幸は不審を打たずにはいられなかった。
「いや、庭内に稲荷の御祠《みほこら》があると女中殿から聴いて、ちょっとお参りの為に」
尼さんでも稲荷信心。これは為《せ》ぬ事とも云われぬので、お幸はそれもそうかと思わぬでもなかったが、しかし、又何となく合点の行かぬ節ありと見ぬでもなかった。
第一その金三郎の顔色が一通りではないのであった。まるで死人のそれの如く真蒼《まっさお》に変じているのからして、何か事情のあるらしく考えられた。
尼は初めて気が着いたらしく。
「これはこれは。どなた様かと存じましたら、あなたは小笠原金三郎様では御座りませぬか。変った土地でお目に掛りまする」
「おう、智栄尼《ちえいに》で御座ったか」
「不思議な御対面で御座りまするな」
「左、左様で御座る」
これは様子が変だと思ったから、お幸はお綾を促がして、ここを引下った。そうして植籠《うえこみ》の蔭で蚊に螫《さ》されるのを忍び
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