うじゃの」
この事を母のお幸から、密《そっ》と娘お綾の耳に入れた。そうして。
「お前の出世にもなる事だから、必らず金三郎様の御意に逆らわぬように、何事でも素直にお受けして、好いかえ」
ところが、このお綾には既に人知れず言交《いいかわ》した人があるのであった。それは朝日川原の夕涼に人出の多い中をお綾はただ一人で、裏口から出て、そぞろ歩きしていた時の事であった。
「やァ評判の半田屋の娘が涼みに出た」
忽ち人は注目して、自然にお綾を取囲むので、さなきだに備前の夕凪《ゆうなぎ》。その暑苦しさにお綾は恐れをなして、急いで吾家へ逃げ込もうとした。
するとその頃、網《あみ》ノ浜《はま》から出て来て、市中をさまよい歩く白痴の乞食《こじき》、名代のダラダラ大坊《だいぼう》というのが前に立ちふさがった。
「いひひひひ」
変な笑いに異状を示しながら、袂《たもと》の中から取出したのは大きな蝦蟇《ひきがえる》。それの片足を攫《つか》んでブラ提《さ》げながら、ブランブランと打振り打振り、果てはお綾の懐中《ふところ》に入れようとするのであった。
「きゃッ」
お綾は蛇も嫌いであるが、別してこの蝦蟇のイボイ
前へ
次へ
全30ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
江見 水蔭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング