》きなどしたが、純之進から言葉が無いので、手持なく去った。間もなく又一人、前よりも美しい娘が入来って枕頭に水入の銀瓶と湯呑《ゆのみ》とを置いて行くのであった。これも勿論《もちろん》小笠原流であった。
又次ぎから、又次ぎから、何か彼《か》か用事を設けては、入替わり立替わり、美しい娘が入り来《きた》った。どれも皆小笠原流。しかし急仕込には相違なかった。余りにドレも型に嵌《はま》り過ぎているのであった。
「ハハァ、これだな」
純之進は苦笑せずにはいられなかった。先輩から、くれぐれも注意されたのであった。村中での美しい娘を選んで、それを夜の伽《とぎ》に侍《じ》せしめようとするが、決してこれと親しく語り合うてはならぬ。そうすると必らず軟化させられて、知らず知らず領内の者に買収されて、豊作でも凶作のように、虚偽の報告を持ちかえらねばならなくなって、おまけに橋梁の架替えとか、神社仏閣の修繕とかに、主君《おかみ》から補助金を下げられるように、取り成しをしなければならなくなる。老年の者でも、ついこれには引掛かるのだから、若い者はよくよくそこを考えて、謹慎しなければならないというのであった。それで純之進は布団の襟に顔を隠して、後には寝た振をしていたのであった。
とても成功しないと諦らめたのか。もう女軍襲来は絶えて了ったけれども、純之進は興奮の結果、なかなかに眠られなかった。眠られぬまま、昨日からの事をいろいろと考え出している中に、どうも合点の行かぬ事が一ツあるのであった。
昨日箱根山中で、誤って出迎えの人数の中に数えた若者が、今日もまた矢張見えたのであった。
大場から平井、丹那の山に入ってからは、幾度となく駕《かご》の側まで来て、何か訴えたいような表情をしては、切出しかねて、又見えなくなった。しかもその顔色が土気色をしていて、月代《さかやき》が延びて、髪の結びもみだれて、陰気この上もない挙動なのであった。何か村方の秘事について密告私訴するつもりではなかろうか。そういう風にも取れたのであった。
スーッと微かに襖を開く音がしたので、純之進びっくりして、今までの追想を打切りにした。そうして又しても村の娘が小笠原流で来たのではあるまいかと、不快に思わずにはいられなかった。もう何も持って来る物も尽きた筈だ。今度は素手で来て、御手足でも揉みましょうと云出すかも知れない。そうしたら一喝してやろうと息を殺して寝た、真似をしておった。
その間にいつしか本当に眠ってしまった。真夜中に目を覚まして、もう女はいないだろうと、布団の襟から顔を出して見ると、絹張の朱骨《しゅぼね》丸行燈《まるあんどん》の影に、ションボリとして一人の娘が坐《すわ》っていた。
おや、また来たのか。それとも先刻《さっき》から立去らずにいるのかと、その判断に苦しみながら。
「お前は何しに来た」そう云って詰問したツモリなのだが、どうしたのか、喉から声が出なかった。それを無理に出そうとすると、その苦しさと云ったらないのであった。これでは未《ま》だ本当に目が覚めていないのではないかと心着いた。
けれども夢で見るとは思われない程、行燈の影の娘はハッキリしていた。衣物《きもの》は黄八丈《きはちじょう》の襟付で、帯は黒襦子《くろじゅす》に紫|縮緬《ちりめん》の絞りの腹合せ。今までの石持染小袖《こくもちそめこそで》の田舎づくりと違って、ズッと江戸向きのこしらえであった。
色紙《いろがみ》縮緬を掛けた高島田が、どうしたのか大分くずれていた。ほつれ毛が余りに多過ぎる程、前髪と両鬢《りょうびん》とから抜け出ていた。項垂《うなだ》れているので顔は能《よ》く分らないが、色の白さと云ったらなかった。透き通って見えるような。恐らく今まで来た娘の中で、一番美しかろうと想像されるのであった。
この娘は、純之進が目を覚ましたと知って、白い細い手の先を左右とも後へ廻して、縛られたような形をして、さもさも身内が痛むらしい挙動。ブルブルと身をふるわせたかと思うと、ワッとばかりに泣き入った。
その悲鳴の物すごさに、純之進は思わず声を立て、人を呼ぼうとした。けれども依然として声が出ないのであった。
高島田の娘は泣き入ってのみはいなかった。何か向うからも云いたそうにして、これも意の如く言葉が出ぬらしかった。
「旦那様……旦那様……」
呼び起してくれたのは三間《みま》ばかり隔てて寝ていた若党|源八《げんぱち》であった。そこまで聴こえる程の高声で純之進は唸《うな》されていたのであった。
三
夢であったと知れながらも、純之進は気味悪く感ぜずにはいられなかった。
「古い家には、能く人の唸される部屋があるもので、それは逆さ柱があるとか。窓の方角が、わるいとか。つまりなわめ[#「なわめ」に傍点]筋、あるいはえ
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