に福田《ふくだ》村の方へ出ようと考えたので有った。

       二

 良心の呵責《かしゃく》は一歩毎に強く加わるので有った。年上で、身分|賤《いや》しく、格別美しくも無い一婦人の為に、次男ながらも旗本五百石の家に産まれた天下の直参筋、剣道には稀有《けう》の腕前、是|天禀《てんぴん》なりとの評判を講武所《こうぶしょ》中に轟かした磯貝竜次郎が、まるで掌の内に円め込められて三月の間は玩具《おもちゃ》の如く扱われて了《しま》ったのだ。
 講武所に学びては、主として今堀摂津守《いまぼりせっつのかみ》の指南を受けていたが、其他に、麻布《あざぶ》古川端《ふるかわばた》に浪居して天心独名流《てんしんどくめいりゅう》から更に一派を開きたる秋岡陣風斎《あきおかじんぷうさい》に愛され、一師一弟の別格稽古を受け、八方巻雲《はっぽうまきぐも》の剣法の極意を相続する位地にまで進んだので有った。
「その伝授の前に、必ずそれは武者修行に出て、一度は廻国して来なければ相成らぬ。と云った処で、普通《ただ》の道場破りをして来いと申すのでは無い。先ず香取《かとり》鹿島《かしま》及び息栖《いきす》の三社、それに流山《なが
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