》が何を云うんだい。私という女ながらも大親分に、じかに口が利けるもんか。黙って引込んでいやあがれ」と、お鉄は突如《いきなり》小虎を突飛ばした。
 転んだ小虎は古杭で、横腹を打って、顛倒《てんとう》した。それをお鉄は執念深くも、足蹴《あしげ》にして、痰唾《たんつば》まで吹掛けた。竜次郎はつくづく此お鉄の無智な圧迫に耐えられなく成った。この女と一緒にいては、迚《とて》も一生成功は見られぬと考えた。けれども今更|如何《どう》する事も出来なかった。
「や、もう江戸行は止《よ》す。是《これ》から阿波へ帰る。其上で身の潔白を立てよう。兎に角、衣類を」と云った。
 お鉄が喜んだ事は一通りでなかった。
「これ此通り。ちゃんと私が持っている。さあ風邪を引くと悪い。早くお着きなさいよ」
 子供の湯上りに母親が衣類を着せるようにして着せ掛った。竜次郎が小刀を、下帯から抜いて、路傍《みちばた》に置いたのは勿論で有った。
 それを倒れていた小虎が密《そっ》と取った。抜くや、突然《いきなり》、お鉄の横腹へ突立てた。お鉄の悲鳴は唯一声であった。
「女の意地ですわ。私だって竹割り小虎。さあ旦那様、江戸までお供致しまし
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