僧の眉間に白毫《びゃくごう》を刻する如く突立った。
「わっ」と一声。後ざまに打倒れて、姿は此方から見えなく成った。何んとも云えぬ好い気味で有った。
 竜次郎は手早く衣類を脱いだ。手甲、脚半とまでは届かなかった。小刀を下帯に後差しにして、新利根の堀割へと飛込んだ。
 五間六間は何んでもなかったが、十間十四五間と進むに連れて、思ったよりも藻の繁りは多かった。手に搦み、足に搦み、それは恐るべき魔力の有るのに驚かされた。藻にも菱にも霊が有って、執念深く仇《あだ》をするものとしか取れなかった。裸体でさえ是《これ》だから、衣類を着ている小虎は、嘸《さぞ》泳ぎ難いだろうと思い遣《や》った。
 字の如く藻掻き藻掻き又一二間は進んだけれど、もう如何《どう》しても前に出られなくなった。恰《あたか》も本縄の雁字搦《がんじがらみ》に掛ったように感じられた。
「おう、然うだっ」
 竜次郎は心着いた。生縄のお鉄から教わった縄抜け縄切りの法を、此所《ここ》に早速応用するのだ。それが一番の上策だと考えた。
 小刀を水中で抜いた。泳ぎながら、片手切りに水草を切払った。忽ち活路は開けたのであった。
 苦心を重ねて人喰い藻
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