はり竜次郎は素気《そっけ》なく答えた。
「今夜のお泊りは布佐で御座いますか。それとも我孫子までお伸《の》し成さいますか」
泊ると云ったら合宿を頼みたそうなのだ。竜次郎は警戒せずにはいられなかった。譬《たと》いお鉄との約束が無いにしても、此娘と親しく成りたくは無いので有った。いくら美しくても素性の怪しい女。どんな間違いが生ぜぬとも限らぬと思って。
「いや、私は夜道をする。大病人を見舞の為だ。事に依ると早駕籠《はやかご》にするか。兎に角夜通しで江戸へ行く」と答えた。これなら閉口すると思ったのだ。
「あら左様ですか。私も大病人がありますので、夜通しで行こうと思って居りました」
「女の身で夜道をする覚悟だと」
「ええ、仕方が有りませんから……旦那様が夜道を成さるのは私に取って何よりも心丈夫で御座います。お邪魔に成らないように、お後から附いて参ります」
「それはお前の随意だ」
後から附いて来るというのだから、どうもそれを止めようも無かった。迷惑には考えても仕方が無かった。それに大病人を見舞の為というのが、竜次郎の心の一部にぴんと響かずにはいなかった。
「誰が病気なのだえ」とつい此方《こちら》
前へ
次へ
全36ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
江見 水蔭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング