。蒔絵、梨地、螺鈿《らでん》、堆朱《ついしゅ》、屈輪《ぐりぐり》。精巧なのも、粗末なのも、色々なのが混じていた。皆これは滝之助が、北国街道に網を張り、旅人の腰ばかり狙いをつけ、茶店でも盗み、旅籠屋《はたごや》でも奪い、そうしてここへ持って来た八十六箇の、それなのであった。
「今夜こそ一大事をことごとくその方に申し伝える。それというも拙老の寿命の尽きる時が参ったからじや。いや素人には知れぬが、医道に長《た》けし身じゃ。それが知れえでなろうか」
洞斎の語り出しは淋しかった。
「お待ちなされませ、もしや人が立聞きにでも参りはしませぬか」
滝之助は念の為め見廻りに梯子《はしご》を昇って外に出ようとした。
「ハテ、夜中にこの林間の一つ家、誰が来ようぞ。来ればいかに忍んでも、土中の室には必らず響く。まァ安心して聴くが好い」
真堀洞斎は実に大阪落城者の一人で有った。しかも真田幸村《さなだゆきむら》の部下で、堀江錦之丞《ほりえきんのじょう》と云い、幸村の子|大助《だいすけ》と同年の若武者。但し大阪城内に召抱えられるまでは、叔父|真家桂斎《まいえけいさい》という医家の許《もと》に同居していたので、
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