《ぬきはな》していた。
広くはあっても限りある蚊帳の中、振上げる度に鎌は引懸った。
守刀を突き込む刃先の鋭さには勝てなかった。女性《にょしょう》ながらも武将の後室。
颯《さっ》と白紗《はくしゃ》の蚊帳に血飛沫《ちしぶき》が散って、唐紅《からくれない》の模様を置いた。
「人々出会えッ。曲者は仕留めたぞえ」
滝之助はこうして怨恨《うらみ》を呑んで死んだ。巨万の富はどこへ隠されたか、そのままになったのであった。大久保石見守長安が隠したその他の分も、ついに発見されぬのであった。
「高田殿は乱行、若き男子《おとこ》を屋敷内に引入れて、寵《ちょう》衰えると切殺し、井戸の中に死骸を捨てられるよ」
そういう風説が江戸中に拡がった。これは併し冤罪《えんざい》である事は、後世の歴史家が既に証明している。二代将軍の三女というので、幕府でも優遇したが、旗本の若者達、喧嘩口論して人を斬り、罪を得たその時には、皆高田殿へ駈込んだのであった。
高田殿は良人《おっと》忠直卿の事を考えて、常に慈悲深く、それ等の人を庇護された。幕府でもそうなると手を附けなかった。
益々若者の駈込むのが多くなった。けれども
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