くのとが、断《き》れつ続きつ聴えるばかり。
「それならば、どう致したら宜しいのか」と怨めしそうに美少年は云った。
「おぬしの身の皮を残らず剥《は》ぐ。丸裸にして調べるのじゃ」
「それは又何故に」
「ええ、未《ま》だ空惚《そらとぼ》けおるか。おぬしは拙者の腰の印籠《いんろう》を盗みおった。勿論油断して岩を枕に午睡《ひるね》したのがこちらの不覚。併し懐中無一文の武者修業、行先々《ゆくさきざき》の道場荒し。いずれ貧乏と見縊《みくび》って、腰の印籠に眼を付けたのが憎らしい。印籠は僅かに二重、出来合の安塗、朱に黒く釘貫《くぎぬき》の紋、取ったとて何んとなろう。中の薬とても小田原の外郎《ういろう》、天下どこにもある品を、何んでおぬしは抜き取った」
「いえいえ、全く覚えの無い事」
「ええ、未だ隠すか。これ、この懐中《ふところ》のふくらみ、よもやその方|女子《おなご》にして、乳房の高まりでも有るまいが」
毛むくじゃらの手を懐中《ふところ》に突込み、胸を引裂いてその腸《はらわた》でも引ずり出したかの様、朱塗の剥げた粗末な二重印籠、根付《ねつけ》も緒締《おじめ》も安物揃い。
「これ見ろ」
美少年は身を顫わせ、眼には涙をさえ浮べて。
「御免なされませ。まことは私、盗みました。それも母親の大病、医師《いしゃ》に見せるも、薬を買うも、心に委《まか》せぬ貧乏ぐらしに」
「なんじゃ、母親の大病、ふむ、盗みをする、孝行からとは、こりゃ近頃の感服話。なれども、待て、人の物に手を掛けたからには、罪は既に犯したもの。このままには許し置かれぬ。拙者は拙者だけの成敗、為《す》るだけの事は為る。廻国中の話の種。黒姫山の裾野にて、若衆の叩き払い致して遣わすぞ」
力に委せて武道者は、笞刑《ちけい》を美少年に試みようとした。
「この上は是非御座りませぬ。御心委せに致しまする。が、お情けには、人に見られぬ処にて、お仕置受けましょう。ここは未だ山の者の往来が御座りまする」と美少年は懇願した。
「好《よ》し、それでは、山神の祠の後へ廻わろう」と漸《ようや》く武道者は手を緩めた。
「これもこちらへ隠しまして」と美少年は草籠《くさかご》を片寄せると見せて、利鎌《とがま》取るや武道者の頸《くび》に引掛け、力委せにグッと引いた。
「わッ」と声を立てたきり、空《くう》を掴《つか》んで武道者は、見掛けに依《よ》らぬ脆《もろ》い
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