これは又、上野介が小細工という説も有るが、勿論地図も出たろうなれど、それには露骨《あらわ》に黄金埋蔵とは書いてなかったので、単に金山脈の書入れとでも見たものか、何の沙汰にも及ばなんだ。そうして子息|藤十郎《とうじゅうろう》以下七人は、同年七月二十日、礫刑《はりつけ》に処せられ、召使の者等も死罪やら遠流やら……」
「そう承わると、黄金埋蔵は、本当に相違御座りませぬな」
「三増峠の老人よりは、勿論印籠を譲られたので、二重底を探って切図は得た。さァそれでおぬしにも、印籠集めを頼んだのじゃ」
「では、百種の薬を百の印籠から集めて、それで霧隠れ雲隠れの秘薬を製造とは、偽りで御座りましたか」
「偽りは偽りながら、霧隠れ雲隠れの秘薬、その他には眠り薬、痺《しび》れ薬、毒薬、解毒薬、長命不死の薬、笑い薬、泣き薬、未だ色々の秘薬の製法は、一通り心得おる。おぬしが高田の松平家に対して、父兄の仇《あだ》を報じるという、それには少からず誠意を寄せる拙老じゃ。印籠集めの熱心さに、百まで集まらずとも教えはする」
「それで、今までの印籠の中に、切図を隠したのが御座りましたか」
「八十五箇の中に漸く一枚見出された。それと前に老人より授けられたる切図とを合せて見たが、残念ながら中が一枚抜けていて、どうしても繋がれずにいたところ、今日おぬしが武道者を殺して取ったる中から、又一枚を見出した。きゃつめ、二重底の秘事は知る由もない。諸国遍歴中に偶然手に入れたものであろうが」
「すりゃ、今日の印籠から」
「しかも、前の二枚の中に入れて見れば初めて合《がっ》しる三枚続き」
「おう!」
「僅かに黒姫山麓のホンの一部に過ぎぬなれど、一箱十二貫目入りの分三箇だけの隠し場所が、今日漸く分ったのじゃ」
「三十六貫目の黄金! 小判に直せば、大層な値!」
「それは皆おぬしに遣る、未だその上におぬし引つぎ、印籠集めて他の場所のも探せ。その代りには拙老、頼みがある。おぬしを見込んで申すのじゃ」
「何んなりとも承りましょう、妙高山の硫黄の沸《に》える中へでも、地震《ない》の滝壺の渦巻く底へでも、飛込めとならきっと飛び込んでみせまする」
「さらば語ろう」
五
洞斎老人は大阪落城の無念さに、徳川家を呪う者の中で、最も執念深い者の一人であった。
甲州老人のは武田家再興の夢であったが、洞斎老人のは、敢《あえ》て豊臣家
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