その、ちょっとね。へへへへ、夜目が利くと仰有《おっしゃ》いましたので……どうも相済みません」
「するとその方は、確かに泥棒だな」
「御免なすって下さいまし。隠しゃぁ致しません。全く私は花婿仲間でございます」
「花婿仲間とはなんだ」
「夜目取《よめど》りで。へへへ、嫁取りに文字《もじ》ったので」
「江戸の者は泥棒まで洒落《しゃれ》っ気《け》があるな。面白い。そこでその方は、毎年暗闇祭には稼ぎに来るんだな」
「実は旦那、稼ぐというのは二の次で、遊び半分、まあ毎年来て居ります。私ばかりじゃぁございません。仲間の者がみな腕試しやら眼試しのために」
「腕試しというのはあるが、眼試しとはなんだ」
「この泥棒稼業に一番大事なのは眼でございます。暗闇で物を見るようにならなければ、好い稼ぎができません。それで泥棒、と云っても、それぞれ筋があるのでございますが、私達の仲間の古老からみな教わったのでございますが、食忌《しょくい》みをして、ある秘薬を三年の間|服《の》みつづけまして、それから又暗闇の中で眼を光らかす修業を二三年致します。泥棒になるんだって本統になろうと思うと、修業に骨が折れて楽ではございません。もちろんこれは昔のすっぱ[#「すっぱ」に傍点]の家から伝わった法が土台になっておるそうで……そこで、まあ私もその修業の法は早く済ましてしまいまして、闇夜でも手紙が読めるくらいまでには行っております。異名を五郎助七三郎《ごろすけしちさぶろう》と申しますが、七三郎が本名で五郎助は梟《ふくろう》の啼《な》き声から取ったのでございますがね」
「それで今、お前の仲間は」
「仲間は日本国中にどのくらいあるか知れませんが、関東だけでざっと五百二十人ばかり、でも本統に夜目の利く奴《やつ》は、僅かなもので、ようやく五人でございました。今から六年前のちょうど今月今日召捕られまして、八月十九日に小塚《こづか》っ原《ぱら》でお仕置を受けました鼠小僧次郎吉《ねずみこぞうじろきち》なんか、その五人の中には入って居りません。あんな野郎はまだ駆出しで」
「その五人というのは……」
「そう申しては口幅っとうございますが、先ずこう申す五郎助七三郎が筆頭で、それから夜泣《よな》きの半次《はんじ》、逆《さか》ずり金蔵《きんぞう》、煙《けむり》の与兵衛《よへえ》、節穴《ふしあな》の長四郎《ちょうしろう》。それだけでございます」
「変な名だな。それがみな、暗闇祭へ来たのか」
「揃って来たこともありましたが、近在の百姓衆の財袋《さいふ》を抜いたところで高が知れております。しかし、まあ、悪戯《いたずら》をするのが面白いんで、たとえば神様のいらっしゃる境内をも憚《はばか》らず、暗闇を幸いに、男女が密談などしているのを見付けては、知らない間に二人の髷《まげ》をちょん切って置いたりなんかして、脅かしてやりまして、以後そんな不謹慎な事をしないように誡《いまし》めてやりますので」
「去年も五人揃って参ったか」
「それが旦那、それからがお話でございます。夜泣きの半次は御用になりまして、まだ御牢内に居ります。煙の与兵衛は上方へ行って居りまして、一昨年には節穴の長四郎と、逆ずり金蔵と、私と、三人連れで参りましたがね。その時に、えらい目に遭《あ》いましてねえ」

       五

 奇怪極まる五郎助七三郎の話に、小机源八郎はすっかり聴き惚れてしまったのであった。
「どんな目に遭ったのか」
 五郎助七三郎は少しく興奮して、
「あんなのを天狗とでも云いましょうか。夜目の利く私達よりも、もっと夜目の利く山伏風の大男がね。三人で、ちょうどこの裏山で、抜き取った品物を出し合って勘定をしていたところへ、不意に現われて、金剛杖のような物で滅茶滅茶です。三人もじっとして打たれるようなのじゃあありません。懐中《ふところ》に呑んでいた匕首《あいくち》で、魂限《こんかぎ》り立ち向ったんですが、とても敵《かな》いませんでしてね。三人とも半殺しの目に遭わされました。それが原因で逆ずり金蔵は二月ばかり患って死んでしまいました。節穴の長四郎と私は湯治《とうじ》に行くてえような有様で……そこで去年、その敵討というので、すっかり準備をして、長四郎と二人でね、暗闇祭に来ましたがね」
「どんな準備をして」
「目つぶしです。目つぶしを仕入れて、それを叩きつけてから斬付《きりつ》ける手筈でしたが、矢張いけませんでした。長四郎があべこべに眼を潰されて了いました」
「向うから目潰しを投げたのか」
「いいえ、指を眼の中へ突込みやあがったので」
「酷《ひど》い事をするな」
「とうとう私一人になってしまいました。今年は口惜しいから、どうしても私一人で敵《かたき》を討つ了簡で、実は種ヶ島《たねがしま》を忍ばせているんでございます」
「去年も矢張山伏姿か」
「左
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