花が有るなら石鰈と舌平目は、塩焼にして、海※[#「魚+喞のつくり」、第3水準1−94−46]《かいず》と鰕を洗いというところだが、水が悪いからブツブツ切りにして、刺身で行くとして、紫は有るまいねえ」
「別当さんのところへ御無心に行って参りましょう」
「そうして貰おう。御前《ごぜん》、愚庵《ぐあん》の板前をまア御覧下さい」
 この宗匠、なんでも心得ている。持参の瓢酒《ひょうしゅ》で即席料理、魚が新鮮だから、非常に美味《うま》い。殊に車鰕の刺身と来たら無類。
「魚は好し、景色は好し、これで弁天様が御出現ましまして、お酌でもして下さると、申分は無いのだが……」と宗匠は早や酔って来た。
「この上申分無しだと、どこまで酔うか分らない。そうしたら江戸まで今日中には帰られまい」と若殿は未だ真面目《まじめ》であった。
 茶店のお嬶はこの時口を出して。
「お客様、羽田には弁天様よりも美しいという評判娘がおりますでねえ」
「へえ、そいつは何よりだ。琵琶の代りに三味線でも引いてくれるかね」と市助も少々酔っていた。
「いえ、そんな意気筋の女では御座いません。船頭の娘ですがね」
「船頭の娘なら、頓兵衛《とんべえ
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