ましょう」
 慾に目の眩《くら》んだ茶店の嬶さんは、駈出して行った。
「これせえ纏まれア、御主人もお喜び。お玉坊だッて喜び、俺達も甘え汁が吸えるというものだ。我ながら好い智慧を出したものだ」
 市助はもう物になった了簡。煎豆をポリポリ噛《かじ》って待っているところへ、顔色を変えて嬶さんが戻って来た。
「どうしたい」
「大変です」
「何が大変だ」
「死にましたよ」
「お前の老爺《おやじ》が死んだのか」
「なアに、家の老爺はピンピンしていますが、大事なお玉さんが血を吐いて死にましたよ」
「えッお玉坊が死んだ?」
 血を吐いて死んだというのは肺病であったかも知れぬ。肺病なら矢張今日では癩病《らいびょう》に次いで嫌われるのだが、その頃には一向問題にしていなかった。
「一足違いだッた。その事を聴かしたら病気も快《よ》くなって、死なずに出世も出来たろうのに……」
 慾は慾として、あわれ薄命なお玉の為に茶店のお嬶は泣いた。市助も泣いた。
 海賊の娘は遂に旗本の奥方になり得ずして死んだ。
 その墓は、朗羽山《ろううざん》長照寺《ちょうしょうじ》内に建てられた。六浦琴之丞は、一水舎宗匠及び市助と共に、一
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