で代参致しましょう。厄除けでげす、女難除けが第一で。へへへへ、急いでゆッくり、お参りをして戻りましょう」と宗匠呑込んだとなると、無闇に呑込んで了うのであった。
市助と連立って畑の中を大師の方へと行って了った。今ではこの辺、人目が多い。第一に、工場が建って、岸に添うて人家もあれば、運送船も多く繋《かか》っているが、その頃の寂しさと云ったら無いのであった。それに、川筋も多少違い、蘆荻《ろてき》の繁茂も非常であった。
女船頭のお玉は心配して。
「旦那様、酷《ひど》くお腹《なか》が痛みますなら、冷えると余計悪くなりますので、河原の石でも焼いて、間に合せの温石《おんじゃく》でもお当てなさいますか」と親切は面《おもて》に現われた。
「いや、それ程でも無い。少しここで休んでいたら、納まりそうだが、帆を下して了ったので、日避けが無くなった。どこか日蔭へ船を廻して貰いたいな」
「それでは、中洲の蘆の間が好う御座います。洲の中には船路《ふなみち》が掘込んで御座いますから、ズッと中まで入れますで」
「だと、人も船も蘆の間に隠れて了うのだね」
「左様で御座いますよ」
「それは好い隠家《かくれが》だ。早速そこへ船を廻して貰いたいな」
岸から船を離して艪を漕いで中洲の蘆間に入ったのを、誰も見ている者は無かったが、喫驚《びっくり》したのは葭原雀《よしきり》で、パッタリ、鳴く音を留めて了った。
中洲の掘割の水筋に、船は入って見えなくはなったが、その過ぎるところの蘆の穂が、次ぎから次ぎと動揺しているのだけは見えていた。
その留《とま》ったところに、船は繋《かか》ったのであろう。葭原雀は又しても囀《さえず》り出した。
海の方からして、真黒な雲が出て来たと思うと、早手《はやて》の風が吹起って、川浪も立てば、穂波も立ち、見る見る昼も夜の如く暗くなって、大夕立、大|雷鳴《かみなり》。川上の矢口の渡で新田義興《にったよしおき》の亡霊が、江戸遠江守《えどとおとうみのかみ》を震死《しんし》せしめた、その大雷雨の時もかくやと思わしめた。
六
「仏罰恐るべし恐るべし。女難除けの御守を代参で受け様なんて、御前の心得方が違っているので、忽《たちま》ちこの大夕立だ。田を三廻りの神ならばどころでないね。しかし我々は百姓|家《や》に飛込んで、雨宿りは出来た様なものの船ではどうも仕様が無かったろう」と宗匠は雪駄を市助に持って貰い、脱いだ足袋を自分で持って、裾をからげながら田甫路《たんぼみち》を歩いた。
「どうせお旦那《だんな》はお濡《ぬ》れなさいましたよ。どうしても清元《きよもと》の出語《でがた》りでね、役者がこちとらと違って、両方とも好う御座いまさア」と市助も跣足《はだし》で夕立後の道悪《みちわる》を歩いて行った。
「よもや、鳶の者の二の舞はなされまい。何しろ御旗本でも御裕福な六浦琴之丞《むつうらきんのじょう》様。先殿の御役目が好かッたので、八万騎の中でも大パリパリ……だが、これが悪縁になってくれなければ好いが、少々心配だて」
「宗匠、大層、月並の事を仰有《おっしゃ》いますね」
「何が月並だよ」
「だって、吉《よ》かれ凶《あ》しかれ事件《こと》さえ起れば、あなたの懐中《ふところ》へお宝は流れ込むんで」
「金星、大当りだ。はははは」
笑いながら土手の上に出て見ると、そこには船は見えなかった。
「おや、今の夕立で船が沈んだか。それとも雷鳴《かみなり》が落ちて、微塵《みじん》になったか」
「そんな事はありませんや。どこかへ交《かわ》しているんでしょう。なにしろ呼んで見ましょう」
「なんと云って呼ぶかね。羽田の弁天娘のお玉の船やアーい、か」
二人が土手で騒いでいる声を聴いて、中洲の蘆間を分けて出て来たのは、苫《とま》の代りに帆で屋根を張った荷足り船で、艪を漕いでいるのは、弁天娘のお玉だが、若殿六浦琴之丞の姿は見えなかった。
「宗匠、いよいよ遣《や》られましたぜ。鳶の者が櫂で叩落されたと同じ様に、御前も川へドブンですぜ。肱鉄砲《ひじでっぽう》だけなら好いが、水鉄砲まで食わされては溜《たま》りませんな」
「そんな事かも知れない。若殿の姿が見えないのだからな」
「こうなると主人の敵《かたき》だから、打棄《うっちゃ》っては置かれない。宗匠も助太刀に出て下さい」
「女ながらも強そうだ。返り討は下さらないね」
そう云っているところへ、船は段々近寄って来た。
「娘の髪が余りキチンとしていますぜ。些《ちっ》とも乱れていませんが、能く蘆の間で引懸《ひっかか》らなかッたもので」
「巻直したのだろう」
「濡れていませんぜ」
「当前《あたりまえ》さ、帆で屋根が張ってあるから大丈夫だ」
「おやおや、帆屋根の下に屍骸《しがい》がある。若殿が殺されていますぜ」
「なに、寝ていらッしゃるんだ
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