歴史、ロシア、火酒《ウオッカ》、私を陰鬱なものにしてしまう。アンナ・ニコロこそ私の運命の活火山だ。母親のアンナ・スラビナがセルビア戦争をモスクワで洗濯していたころ、可憐なニコロは機関銃と義足とスラビナの涙のうちに生長した、そのころ既に彼女には天分がめぐまれていたのだ。
 不幸にして露西亜はレーニンの奇蹟的な偉業とアンナ・スラビナの半身不随によって、過去タレルキンの饒舌《じょうぜつ》、私に遺伝してしまった。しかし所詮ニコロは現在に生きる女性だ、彼女の愛情は未来を苛酷に約束する。思えば何人の予測も許さない。運命は、いまや惨酷《ざんこく》に私に挑戦する。私は取乱した、アンナ・ニコロの寝室に侵人する。…………をつけたアンナの……、いそ/\と私を迎えると※[#「口+喜」、第3水準1−15−18]々として私の唇に接吻して、心にもない。両耳の上の塹壕《ざんごう》に宣戦をいどむと私たちの国境から突然逃げ出してしまった。

 私が階下に花田君子の靴音を聞いたころ、友人の横田は紐育《ニューヨーク》の女優メイ・マアガレッタの男妾《おとこめかけ》として外科的な名誉と人気をかち得ていた。私の瀟洒《しょうしゃ》な
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