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一、私が棄てられた情人の頭文字Eを以て、新婚の夜は、妾の横顔英仏海峡に描いて敬礼すること。
二、毎朝、妾の舌をブラシで掃除してくれること。
三、妾が踊子でありソプラノの唄手、イクラ座のプリ・マドンナである天分を認めること。
四、ゴルフ競技会の前夜は、貴男は敬虔《けいけん》な態度で夜を徹して妾の小指を保管すること。
五、妾の生理学について貴男は熱心に研究すること。
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――マドモワゼル君子、僕は貴女の要求の全部に僕の一生を賭けます。
彼女ユーロップの頭とアラビア海の心臓と東洋風の肉体、苦もなく私に委せてしまった。
しかし彼女の凱旋門《がいせんもん》、恐るべきことがある。
花田君子から私は動物的な感触とピカデリあたりの聯隊旗《れんたいき》みたいな嘔吐物《おうとぶつ》をうけたのだ。
彼女が東洋の女の尻尾と男性の舞踊会に用いるルーブル紙幣の仮面、といって彼女が銀色のコオセットに太平洋をぶらさげてはいないのだ。やはり彼女も海豚《イルカ》なのだ。
それにしても花田君子の抱擁はまたしても私に新らしく生れた時代の不安を与えたものだが、一たい彼女の頭、骨から見下した流動的な肉感ってものが、さながら母体を地球儀にして埋れた出産前の幼児にさえ酷似《こくじ》しているのだ。Bullock 恋にやつれたエレクトラの広告板から湧き出すオオケストラ、しかも彼女の才能は日比谷街にもまして複雑なのだ。太く短い環、古代の貞節な女に似て垂れ下った醜い肩、まるで病み疲れてサタンに生育を阻止された女が奇妙な嬌態《きょうたい》をして、流行の衣裳と近代の手管をもって私の前に現れたのだ。
コメット・ヌマタは夜の空間、花火吹散らして空高く、飛行ズボン脱いで牡鶏《おんどり》の真似をしている。ひどく古加乙涅《コカイン》の酔が利いた夜であった。
今では男が女のようにスカートをはく時代なのだ。銀座の市場では阿片《あへん》の花が陽気に満開し、薬種屋の前では群集が巡邏《じゅんら》に口輪を嵌《は》めている。地球の地下室では切開された、メロ・ドラマの開演のベルがけたたましく鳴りひびくのだった。
こうした瞬間を限って変る人間の気持ちと、構成され破壊される歴史の記録を掲示する銀座の青色の夜、プロレタリア駆逐《くちく》したプチ・ブルジョワ達によって、かくも盛大に開演さ
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