歴史、ロシア、火酒《ウオッカ》、私を陰鬱なものにしてしまう。アンナ・ニコロこそ私の運命の活火山だ。母親のアンナ・スラビナがセルビア戦争をモスクワで洗濯していたころ、可憐なニコロは機関銃と義足とスラビナの涙のうちに生長した、そのころ既に彼女には天分がめぐまれていたのだ。
 不幸にして露西亜はレーニンの奇蹟的な偉業とアンナ・スラビナの半身不随によって、過去タレルキンの饒舌《じょうぜつ》、私に遺伝してしまった。しかし所詮ニコロは現在に生きる女性だ、彼女の愛情は未来を苛酷に約束する。思えば何人の予測も許さない。運命は、いまや惨酷《ざんこく》に私に挑戦する。私は取乱した、アンナ・ニコロの寝室に侵人する。…………をつけたアンナの……、いそ/\と私を迎えると※[#「口+喜」、第3水準1−15−18]々として私の唇に接吻して、心にもない。両耳の上の塹壕《ざんごう》に宣戦をいどむと私たちの国境から突然逃げ出してしまった。

 私が階下に花田君子の靴音を聞いたころ、友人の横田は紐育《ニューヨーク》の女優メイ・マアガレッタの男妾《おとこめかけ》として外科的な名誉と人気をかち得ていた。私の瀟洒《しょうしゃ》なフランス流の友人河村は日本の女によって恋の重荷をになう。河村は決して幸福ではないのだ。横田はヤンキーの女によって陶酔されメイ・マアガレッタの虚栄心を満足さしたが、河村はひたすら必要品に過ぎなかった。河村の存在は彼の所有主を情けないものにした。河村の華著《きゃしゃ》な肉体と美しい外貌《がいぼう》さえむごたらしく閉ざされた。
 しかし、私の場合、私はヒロイストだ。私は女を軽侮しなければならぬ。女を不幸にしなくてはならぬ。女達が私に身を委《まか》せるとき、彼女達の感受性から海豚《イルカ》の粘々した動物性をうける。ときによると塹壕《ざんごう》から掘出した女|聯隊《れんたい》の隊長の肢体を。もと/\我々が地理と科学の発生を埋葬する。
 ――ヨシユキ、何か考えている? 惚れ/″\と妾《わたし》の俳優|羅馬《ローマ》皇帝が。妾は貴男《あなた》に対する研究心を根気よく棄てない、まるでアラビアの貴婦人みたいに。妾に色眼鏡買ってくれたのも貴男の持ち前の愛情が風流男の花輪をかくように。
 素敵、どう、でない?
 ――妾ったら無条件で貴男に降服することがある。但し貴男が妾の要求を承知しての話なのよ。
[#ここ
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