の物売りが上陸してしまうと汽笛が垂直に空から落下傘となって人々のうえに舞いおりる。すると桟橋をだんだんと船体が離れ出した。椰子の樹下のタクシーに英国人十数人が一人の女を胴あげにして一塊《ひとかたまり》になると喚声の間に泣き叫ぶ女の哀調をのこして砂塵《さじん》をたてて見えなくなってしまった。私が自分の部屋にかえると隣の寝台にカーテンも引かないでペチ・コートのまま仰向けになったアダが、夢うつつにも寝床で寝るトア・ズン・ドルの女を再び見出した。
6
午後になって、オリブ色の水を皮膚の油ではじきながら私は浴槽に浸って額のアダの唇の跡をぬぐいとるのであった。船はバンマート沖の炎熱の下を進行していた。部屋にかえるとアダは体操を開始してポスト孔から大洋に向って胸の悪気流を吐き出した。起きてから私が一言も口をきかないので、照れかくしに私の胸にボクシングで穴をあける真似をして片足を私の鼻につきだしてがらがらとした声でおしゃべりを始めようとするので、私が扇風機に電流を通じる。
――Y、貴方がそんなにお嫌なのなら妾はアラビア海に身投げしてしまいます。どうせ妾はマルセーユあたりの口髭《くちひ
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