惑《こわく》の中から浮かれ男の思いもよらぬ数々の女の生命が幻燈のように現れてくるのだ。
当時、私はタージ・マハール・ホテルに止宿する商用の旅を彼地《かのち》につづけていたのであったが、M物産の主任S氏の紹介で宿を赤丸平家の倶楽部に移すと同時に彼地の日本人に紹介されるのであった。
室内は午後二時というにマラバー丘から立昇る死体の煙で太陽をかくしてしまって、暮色に黄色いシャンデリヤの光が会社帰りの若い青年の頭上を照していた。彼等はアダの話で夢中なのだがアダがかつて土人街に蟄居《ちっきょ》していた日本の売笑婦だと云ったり、或るものは自分はヴィクトリア公園の熱帯樹の下を黒奴《ニグロ》の中年の紳士と日傘をさして歩いていた彼女を見かけたことがあると真実《ほんとう》らしく話して、彼女が洋妾《ラシャメン》だろうと云う。或る支那帰りの商人は、アダを北京の南陽門通りの裏街の露西亜《ロシア》人の酒場で、彼女がフランス兵とふざけているのを見かけたと云うのだ。すると一人の青年がアダがマルセーユの金羊毛酒場《トア・ズン・ドル》の踊子で、自分はアダを抱いて踊ったことがあると主張しだした。そのときS氏の若い小柄な
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