飛行機から墜ちるまで
吉行エイスケ
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)花聟《はなむこ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)女|角力《ずもう》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#ローマ数字2、1−13−22]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)はら/\
−−
新婚者と、女|角力《ずもう》になったタルタン、彼女のために殺されてしまった花聟《はなむこ》、歓楽の夜の海を水自転車で彼にあたえた、妖婦タルタンの愚かな行動、水底深く死んだ花聟のダンデズム、影は水に映る。
水自転車、香港《ホンコン》、そこで彼女は仲居をしていた。
日本へ帰ると踊りの名手、華麗な売笑婦、タルタン。
ここは門司市、東川端の卑猥《ひわい》な街、カアルトン・バアの青い給仕人の花風病の体温、ロシア女の新らしい技術の中で無頼漢の唄う流行歌。
落つきを失った新聞記者のYの見たマダム・ハヤミの地平線、吊ランプ下げた海峡の船が下関に着くと、僕はサンヨウ・ホテルの踊場にマダム・ハヤミを迎える。露台《バルコニ》でハヤミは僕を賞讃して、愛を誓った
のだが、翌日、ホテルの僕の部屋、ノックするとYが飛込んできた。
ハヤミのオオケストラ、彼《あ》の人糞。
――君! マダム・ハヤミの奴、大理石の経帷子《きょうかたびら》きこんで昨夜|晩《おそ》く神戸へ行ったぞ、おい、君。女の肉体讃美はよさないか。
――おい。×酒よこせ。僕のタンゴ踊、本場仕込みなのでハヤミは腹痛を起したのだ。Y、僕は粋な香港に未練があるんだ。
空しく、僕は欧洲行の船を棄てて、マダム・ハヤミを追って神戸行急行列車に乗り込んだ。
――おい、君。マダム・ハヤミ、俺も恋していた。彼女の×××送ってよこせ。
――NACH KOBES ×××万歳!
下関駅を列車は離れた。Yが汚れたハンカチを振っている。
数時間後、僕は岡山で下車すると、巡業中の歌劇団のポスターを横眼で見ながら、車を硝子《ガラス》張りの、「金髪バー」の前でとめて、酒杯の中に沈んで行った。すると、肥満した女主人が僕に惚れて煩悶《はんもん》しだした。
頭のよくない調合人は、混合酒の控帳めくっている。××開始、ウェートレスの英国の少女、メリーをからかってしたたか膝を折られ泣面をしている男。だが、メリーは僕を見ると恋愛相談所[#「恋愛相談所」は枠囲み]めがけて夢中に走り出した。
――いらっしゃい。妾の主人は、非度《ひど》いラヴ・レタの蛇なのです。恋愛過度、チタでレオ・トルストイに小説を書く方法を三万ルーブルも仕払って教ったのですが、いまの世の中で何んの役に立つものですか………。
壁にはルノアールの偽《にせ》もの蜿蜒《えんえん》の画がかかっていた。
しかし僕は内緒で、片隅の赤髪の女に色眼をつかった。彼女は巨大で腿《もも》のあたりは猶太《ユダヤ》女の輪廓をもって、皮膚は荒れて赤らんで堅固な体躯をしていた。
――君の名は? と、僕が色欲のダリアに向って聞いた。
――妾《わたし》、貴男の情婦、夜のボップよ。
すると忽《たちま》ち女は死物狂い、僕に倒れかかった。
僕とボップ、裏街の夜、アアク燈、柳暗花明の巷《ちまた》を駈け抜けると、古寺院の境内、数時間、僕はだまって経過した。
――ロップ、一時は駄じゃれで君をメキシコ湾だと云ったが、僕の純情知ってくれたか。
辻自動車が疾走する、満月、天主閣、車が湖畔を疾走するとき、再びロップは僕に傾倒した。
A・A橋の下で、ボートに乗って夜の河岸を離れて、ロップは、カルメンの五章を唄いながら櫂《かい》を水に落した。
[#ここから2字下げ]
いくら、お前が云い寄っても、駄目よ。
トララ トララ トララ トララ
[#ここで字下げ終わり]
緑色のイルミネェション、青い眼鏡に穴をあけながら、水の上を進んで行く。
奔流、ごろつきのような波の音が僕に英国少女メリーの靴の踵《かかと》と、乳房に鬘《かつら》をかむったような女主人を思い出させた。
そのときロップが僕に云った。
――ねえ、二人でクラブへ行きましょう。スペイン式の女学生がいるわ、シャンパン飲まして欲しいの………。
――ロップ、紙幣と品行方正の匂いがする。
――よう!
――醜婦奴《しゅうふめ》、ガウンが百度ひらいたって、糞《くそ》。
――………………
――………………
――――――――――――――――――――――――
クラブの化粧室に這入ると、ロップは××になって仰向けのまま寝てしまった。僕は浴場で屡々《しばしば》、結婚の感触を衝《う》
次へ
全2ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
吉行 エイスケ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング