けた。そのたびに手術室に逃げこんでいさぎよく離婚してしまった。
僕が客間《サルーン》へ出ると、人々は足|角力《ずもう》の競技に耽《ふけ》っていた。踊場では跛《びっこ》の老夫婦が人形を抱いて踊っていた。食堂では角帽の中学生が恋人の女学生の話しをしている。また僕は、卓子《テーブル》の一隅で蛙を食べている知合《しりあい》の旅女優、彼女は僕を見そめると、やってきて僕に囁いた。
――本当よ! 妾のテノアは東京へ逃げてしまったんです。彼は皮膚病だったんです。妾も、歌劇団を抜け出すつもりなんです。マネエジャ達は妾の唇について居心地がよくないと云うんです。妾は好色家の妻にだってなるんです。連れて逃げてください。
あまりに、熱心に僕が彼女と恋の投機に夢中なので中学生たちが冷かすのだった。
無線電信――六〇六――石碑――W.C
――じゃ、間違いっこなし、明朝、練兵場よ。(哲学よ、信頼してもよくって?)
僕は帽子をとりに化粧室に引返す。すると僕はそこにロップの粗悪な寝顔を見て、廻れ右をすると、彼女の腹部に片足で立上って、そのまま躊躇《ちゅうちょ》なく外へ飛び出した。
午前八時岡山練兵場出発――F飛行士は、彼は昔、自転車周回競争の選手だった。上海《シャンハイ》に挙行された東邦大会の選手権把持者――だが、女優のNは艶《なま》めかしい嘔吐《おうと》を空中に吐いた。
――妾、恐ろしい!
F飛行士は、女客のため屡々《しばしば》、墜落しようとする。彼の強気な毛むじゃらの足は、縁日で買ったような両翼を修繕しては、飛行を継続する。そのたびにはら/\して女優の美貌から脂粉《しふん》がはげおちた。
海原、離宮、車輛、工場のテニスコート、僕が彼女の乳房のあたりを見つめているうちに、八時四十分、大阪着。
僕が眼を覚ますと、陽気で騒がしい支那人の鼻歌が聞えてくる。僕たちは墜落したらしい。そのまま李鄭《りてい》の部屋で前後不覚になってしまっていたのではないだろうか?
あれも贋《にせ》ものの飛行機だったろうか――李鄭の後から僕は広間へついてあらわれると、僕は忽ち、無数の支那服の女に交ってチイク・ダンスを踊るタルタンの素足の踊姿を認めたんです。
底本:「吉行エイスケ作品集」文園社
1997(平成9)年7月10日初版発行
1997(平成9)年7月18日第2刷発行
底本の親本:「吉行エイスケ作品集 ※[#ローマ数字2、1−13−22] 飛行機から墜ちるまで」冬樹社
1977(昭和52)年11月30日第1刷発行
※底本には「吉行エイスケの作品はすべて旧字旧仮名で発表されているが、新字新仮名に改めて刻んだ。このさい次の語句を、平仮名表記に改め、難読文字にルビを付した。『し乍ら→しながら』『亦→また』『尚→なお』『儘→まま』『…の様→…のよう』『…する側→…するかたわら』『流石→さすが』。また×印等は当時の検閲、あるいは著者自身による伏字である。」との注記がある。
入力:霊鷲類子、宮脇叔恵
校正:大野晋
2000年6月7日公開
2009年3月22日修正
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