」と、うなずくのを、踊りながら好色的な上眼づかいに見て、かの女は僕の背中にエピキュリアン同志のする暗号をつたえると、
「――お世話しましょうか?」と、小声で、そっと囁《ささや》く。
「――たのむ。」
「――その御礼は?………………」
「――その、今月分の衣裳屋の仕払いを引うけるよ。」
すでに、かの女は栗鼠の毛皮をつけた女を囮《おと》りにして、
「――いいわ、こんどのワルツの曲のとき、あんた、あのレデーに申込むのよ。それまでに話しつけとくわ。……」
そして、ふたたびダンス場の桃色の迷宮のなかで僕は、嗄《かす》れ声のジャズ・シンガーの唱う恋歌に聞き惚《ほ》れていた。
イタリアンとの混血児の上海《シャンハイ》からこの土地に稼ぎにやってきた踊子の鳩胸、その偉大な女性の耕作地にこだまするサキソフォンの反響、かの女は、いつも踊場に蜜月の旅をつづける。
また、あらゆるものは緩《ゆる》やかに旋回した。その夜の幾枚目かの衣裳を着替えて化粧室からあらわれてくる踊子は、その小脇にかかえた口紅棒の汚点のついたハンド・バッグを離さない。………かの女たちは、ハンド・バッグさえあれば、たとえ露天の夜だってた
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