猥雑《わいざつ》な顫律《せんりつ》を漾《ただよ》わせて、色欲のテープを、女郎《じょろう》ぐものように吐き出した。
 そして、縹緻《きりょう》よしの踊子は、たえまなく富裕な旋律のなかにいた。
 ふと、僕は気がつくのであった。この湿気のある踊場風景のなかに、赤色ジョウゼットの夜会服をつつんだ、栗鼠《りす》の豪奢な毛皮の外套をつけたアトラクティブな夜の女の華車な姿が、化粧鏡を恋愛の媾曳《あいびき》のための、こころの置場として、僕に微笑みかけているのだ。
 たった、ひとりで踊場にあらわれるレデーの香入りの天蓋《てんがい》の下で、僕は曲線のあるウィンクを感じながら、女性の罠と、慇懃《いんぎん》な精神のむなさわぎを衝《う》ける。
 浮舟のようにネオンサインにブルウスの曲目があらわれると、ジャズ・バンドが演奏を始めた。すると、恋を語るには千載に一遇のこの曲に立ちあがる男女、………そして、僕も立ちあがると、馴染みの踊子のアストラカンの裾を踏むようにして、
「――あの、栗鼠の毛皮の外套をつけた女を知ってる?」
 すると、僕のパートナーは陽気な鼻声をだして、
「――………気に入った。」
「――………うん。
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