「――………うん。」
「――………浮気しよって?」
すでに、僕のこころの秘密撮影をすまして、魑魅子はラーフェンクラウを小指にはさんで、どうや、と、云うような朗らかな顔をしている。
「――……うん、浮気しよった!」
そこで、かの女は蓮の花がひらくように、僕のこころの迷彩のなかでわらいだす。その、わらい声が妖しくもある蠱惑《こわく》となって僕に搦《から》みついてくるのだ。
僕は立ちあがると合廊下に出て電話の受話器を外した。都会と郊外の境界線にある中流のホテル、時刻は東京駅を十時五十五分の神戸行急行列車の発車すこしまえの混雑時だった。
★
前夜のこと、………更《ふ》けるとすこしばかし溝をつたうクレオソートの臭いが鼻に滲《し》みたが、築地河岸附近にあるダンシング・ホールで僕はその夜、踊っていた。
シャンデリヤにネオンサインが螺旋《らせん》に巻きついた、水灯のような新衣裳のもとで、ロープモンタントをつけた女と華奢《きゃしゃ》な男とが、スポットライトの色彩に、心と心を濡らして跳舞《ちょうぶ》するのだ。そして、ジャズの音が激しく、光芒のなかで、歔欷《すすりな》くように、或は、
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