沈黙してしまった。マダム・レムブルグの毛深い部屋でこの陳独秀の悲壮な報告が終って、彼は自己の生涯の最後を南支那海のビイクトリア島においたのであった。隣室の踊場のジャズ・バンドが気狂《きちがい》のように太鼓をたたいた。斑《まばら》なシュミーズをつけたレムブルグの女弟子が部屋に飛込むと陳子文がバルコニで自殺したことを告げた。
音楽が急に止んだ。瞬間人々は恐ろしい沈黙に陥るのであった。踊場の男女は抱擁したまま床に釘づけにされてしまった。突然レムブルグが悲鳴をあげて廊下に飛出す、米良はバルコニに駈け上ると暈《う》れた空気に蒼白《あおざ》めた闘争に窶《やつ》れた同志の死体が沈むのを見た。彼の骸《むくろ》はすでに苛酷に滲《にじ》んだ苦悩は去ってセラフの哀悼歌が人々の心に悲しくこだました。広東湾の白堊《はくあ》の燈台に過去の燈は消えかけて、ハッピーバレーの嶮峻《けんしゅん》にかかった満月が年少の同志の死面を照りつけた。
陳独秀は虹のように地面に這入った彼の腕から拳銃をとると、虚空に一発打ち放して花火のように彼方に舞下りる弾丸を見つめながら、――何故死なねばならないのだ! と、絶望的にさけぶのであ
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