ものは思考力をなくした真の自我なのであった。自我が現実に当面したとき自らを失って生命の価値をなくするのは当然なことであった。
 米良は廊下に這い出した。躍場では朝の太陽をうけて酔泥《よいど》れた形骸が、踊子の波の裂れ目で正体もなく寝ていた。別室の籐の寝椅子には陳独秀が彫像のように一夜を過した姿があった。その側の安楽椅子によりかかって寝ているイサックの黒い顔に未来の文明が浮き出ていた。米良はレムブルグの寝室の扉をノックした。扉《ドア》が開くと青い衣裳の彼女の腕が彼の首に巻いて、米良は鋼鉄のようなレムブルグの乳房を感じた。

 眼が覚めるとレムブルグの抜け殻の跡は既に冷たくなっていた。米良は枕元に置かれた二通の電報を開いた。一通は上海の同士から、一通はシイ・ファン・ユウから香港行を中止した電文であった。米良は知るのであった。この電文が彼女が黄海から彼宛に発信する最期の恋の電流であろうことを。
 彼女はどちらかと云うと咄嗟《とっさ》の思い付きを愛する女で米良は自分の桃色の革命家の恋心について悲しまなかった。××府の女、六朝の血を衝《う》けた彼女達の北方軍閥に対する憎悪は、南方の組織に関わらず
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