だ。シイ・ファン・ユウが早朝天津から香港に向けて出発する知らせであった。
米良が突然、駄々をこねて云うのである。
――レムブルグ、鍵穴をうめてください。そこから誰でもこれから起ることを妨害しないために!
するとマダム・レムブルグは素早く太い胴体を飜《ひるが》えして、この近代の機能の発明家は青い化粧的で、牛の舌みたいな腕で扉《ドア》を閉めると、再び細目に開けて、
――それどころですか。明日の運命の墓誌銘をつくるために妾は女だてらに気が狂うほど急がしいのです。
――レムブルグ、貴女の恋心。
――米良、貴方は妾を世界の花から花に住みかえる毒蛾のように思っては不可《いけ》ないのです。昔から女というものは英雄と革命を愛することに変りはないのです。それに近代女の賭博心が妾の明日の事業欲をそそるのです。
――貴女の移気《うつりぎ》な恋愛のオアシス、近代女の株式、同盟破棄!
すると次の刻限を感じて彼女が厳粛な顔をするのであった。米良は陳子文の死によって北京の秘密結社において自分と彼とシイ・ファン・ユウとの恋愛の共同事業も、陳子文が過去の東洋の虚無主義の祭壇に生還したのを感じて、陳子文の
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