りながら、
――一先ず俺はこれより汕頭《スウトウ》に行き、其後ペトロフの軍艦でバルチック海からロシア入りをする決心なのだ。我々の離れることのできぬ別離も、数年後再び我々の陽光の下で俺達は嬉しい邂逅《かいこう》ができることを俺は信ずるのだ!
彼は空虚な心の劇場に未来の演出を約束すると、苦しみにたえかねて米良を抱きしめると力の抜けた足音を廊下に残して去った。
海峡から飛んできた伝書鳩が香港政庁の上空で旋回した。九竜に向けて二重デッキの白いランチが鴎《かもめ》のようにランプの尾を海水に引いて走りだした。ローマン・カソリック・カセドラルの屋上に伊太利《イタリー》の尼僧があらわれると御祈祷《ごきとう》を始めた。またしても対岸に反乱が勃発《ぼっぱつ》したらしい。米良は尻のところに縫模様のある緑色の部屋で踊子のベッドに寝ころんで天井に口汚く附着したシャンパンの斑点をみつめながら、病み果てた病人のように透徹《とうてつ》した頭脳であわただしく過ぎて行った赤い歴史をめくるのであった。踊る足音が次第に彼方に去って夜が重なった。彼は陳子文の葬《とむらい》の駒の音と、夜の外気に鳴る風琴の不気味を褥《しとね
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