が単なる混沌でなく、前進するラクダであっていつか彼等の富源を発見し機械的であった過去の人間が生物学的に発達したときの支那の混沌《こんとん》を思うのです。ああ、いまになって妾はこの社会の共産主義的|煽動《せんどう》の任務を放棄したいとさえ考えるのです。
 ――レムブルグ、貴女の女らしい夢想。
 すると彼女が地団駄を踏んで、
 ――いいえ、妾は所詮《あきらめ》てしまったのです。いつか各州のブルジョワは彼等の利益のために結合するのです。この支那の社会に直接プロレタリア革命は到底不可能な企業としか考えられぬのです。
 傴僂《せむし》の料理女が鱶《ふか》の臭をさして食卓の用意が整ったことを知らせた。彼女は昨夜からの涙の滲んだ絹のハンカチを香港の朝の風景に飜えして、
 ――妾達は陳独秀の健康を祈るのです。陳独秀! 貴方がご無事であることを祈願して、同志、万歳!と、彼女は晴れ渡った空に向って号《さけ》ぶのであった。

 ホテル・マンションには、青銅色の秋が訪れていた。米良が電流に乗ってリー・シー・ツワンの部屋に這入ると、彼は寝台のなかで外出着をつけて胸には瀝青を鍍金《めっき》した勲章をぶらさげていた。彼のレジオン・ド・ヌウルはフランス政府が彼の東洋流の栄養法が人口の味覚を満足さした功労によって、エリゼェの大統領官邸で贈与された(彼は巴里《パリ》で生物学を研究するかたわら党費を稼ぐために豆腐を製造販売していたので。)米良は昨日に変るリー・シー・ツワンの偶像に対する名誉心を見て顔をしかめるのであった。
 すると、彼は寝床へ起上ると笑いながら、
 ――メラ、俺は同志の懲戒裁判に附せられるところなのだ。と、云うのは昨日広東の事変で共産軍が敗れると、武漢、南京、広東の三政府が提携して新たに国民党中央政府の設置が提議され、俺はその委員に名を連ねたのだ。国民政府に於て左党の政策の欠如が右党に幸して、彼等は尨大《ぼうだい》な小ブルジョワを党に獲得し、南方の多くのブルジョワも三民主義の名に隠れて党に参加した。革命的左党は右党派軍隊に絶滅され、国民党は共産分子を除外して孫文の国民党はブルジョワ階級の走狗となった。我々が漸く国民党内部で一仕事しようとした過去の迷夢からさめたときは、有力な同志は銃殺され、軍閥と資本主義の治下のもとに幽閉されていたのだ。そして半数の労働者がプロレタリアの指導を去って彼等の
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