吻したのですが、それについて彼女は、
――あなた、忘れてはいやだわ。と、言うのでした。
翌朝、夙川のアパートメントの独身部屋をノックする音で私は眼ざめました。私はチェンバーメイドが新聞でも持ってきたのだと思ったのですが、這入ってきたのはチタ子でした。彼女は黙々として寝台の枕もとに立っていましたが、しばらくすると寒さのために震えながら私の××に這入ってきました。」
チタ子の父が苦しそうに咳をした。贅沢な機械でも見るやうに刑事たちが彼女を見たが、チタ子は憂鬱そうに、胯《また》火鉢した男の破れた靴下をみつめていた。
「――午後から神戸へ阪急電車で私はチタ子を連れて行きました。私は海岸通りの女理髪店で、彼女に断髪するように勧めてみました。チタ子は断髪にしたうなじを紺色の海にむかってこころよさそうに左右に振って見せました。私は元町通りの海外衣裳問屋で極彩色の身の廻りのものを二、三買ってチタ子に与えました。そこから私は彼女を連れて、白首女の蝟集《いしゅう》する裏町へ行って、チョップ・ハウスのサルーンで、一夜そこの踊子たちの仲間入を彼女にさせました。チタ子はホルマリンの臭のする、平気で汚い紙幣
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