女政客も、女実業家も、映画女優も、成金も、文学者も男性を象徴した酒杯に満ちた、白色の酒で唇をぬらした。
 唐突に、鋸《かんな》くずのような幕が切っておとされて、野蛮な四重奏が苛立《いらだ》たしく鳴りだした。最初、私にあたえられた令嬢社交界のような音律の苦痛が、しだいにエクスタシイに私を誘った。

     3

 堂島ホテル附近にある、夜間薬品店の売子の売行表《リスト》と、商業的な饒舌《じょうぜつ》は、女の温度にたいしてひどく慇懃《いんぎん》なのだ。
 午前0時を過ぎると、死体のように冷やかな銀行街から、大江村を渡って、鬢《びん》にほつれるある女が夜間薬品店にあらわれると、灯籠《とうろう》道でもあるくように蒼ざめて、淀川の水面に赤いレッテルの商標を投じた。
 金貨遊戯室の、立縞《たてじま》の短いスカートの女が毛皮の襟に顔をうずめて、夜会バッグにしまった三角形の××を彼女の墓誌銘にして、梅田方面に立ち去った。
 まもなく、カバーをかけたタクシーが夜間薬品店のまえでとまると、なかから、林田三郎が仕掛花火のように商館にかけこんだ。磨かれた車窓に、西紅葉の横顔がスプリングのついた船舶に乗船する女のように輝いていた。
 通過記録計《パーシーメーター》がまた一転廻すると、太田ミサ子が、情夫のアメリカ人を連れて、中之島の方面から並木道をつたってあらわれた。
 福井貂田が、水晶宮にいたひらめ[#「ひらめ」に傍点]のような女と出現して、しこたまゴム製品を買ってどこかへ消えたころ、私は生田幸子の胸にある真紅の徽章、彼女のエメラルドの海峡から浮びあがって自動扉のスイッチを押して、売品窓からソファに背広のまま仰向けに寝ころんだ売子を敲《たた》き起すと、タヴラ・スゴ六のように、七分の運と三分の医術に身を委託する。独逸《ドイツ》製のサイコロを買うと、そもまま歔欷《すすりな》くように円筒状の夜の大阪を感じていた。

     4

 夜のヴェールが剥《は》がれて、灰色の壁にもたれて一夜を過した失業者が、赤と黒の市場の魚のように起きあがると、高楼にあらわれた三色旗の天気予報旗をものぐさそうに眺めた。
 割引電車の青い労働帽の炎のような太陽が燃えて、世が明けわたると、半開のビルデングの鎧戸《よろいど》を汚れた袴をはいた女事務員がくぐり、表情の失せた勤め人たちが、破れたわい襯衣《シャツ》から栄養不良の皮膚をのぞかせて鏡のように磨かれた石造の建物に吸いこまれた。
 天満天神に朝|詣《まい》りした五花街の女たちが、ふたたび睡《ねむ》るころ、北浜|界隈《かいわい》は車だまりから人力車が一掃されて、取引市場をとりまいた各商店では、踊子がつけた腰の鈴のように電話が絶えまなく鳴り渡った。
 私がホテルの寝床からそのまま父の輸出綿花事務所へやってくると、夜の疲労をぬりかくした、濃化粧したタイピストが電話機の電鍵《でんけん》を敲《たた》くように、昨夜の記憶を白紙にうずめていた。
 昨今の上海《シャンハイ》投機の気まぐれで、銀塊《ぎんかい》相場を有史以来の崩壊に導いた、その余波のためにこの輸出綿花事務所は不況のどん底にいた。何故、この女タイピストの指の悪戯《いたずら》をよささないわけに行かなくなったかと云うに、銀塊急落の最も大きい原因は、印度《インド》でおこなわれた幣制の改革と、支那商人の思惑のとばっちりからであった。
 反|蒋介石《しょうかいせき》派の激化と、東支鉄にからんだ露支《ロシ》間の葛藤、南京政府の幣制の改革にたいする商人の思惑は、対支商談におけるワシントン政府の経済政策が、帝国主義戦争の一つの徴《しるし》として、ワシントン当局者のからくりによって時局が平穏のうちに解決されると、南京政府は中央銀行を設け、上海造幣|厰《しょう》を開いた。めずらしく支那内地に戦争がなかったので銀需要の思惑は、これらの悪材料のために前後不覚となり惨落となった。
 北浜界隈も、支那財界の大混乱のために、対支商談は不況のどん底に陥ってしまった。
 私はビルデングの窓のカーテンをひらいた。向いのN万ビルのマネキン事務所には、アメリカン・スタイルの女たちが地面にカードをひろげたように、緋の絨氈《じゅうたん》の上でお化粧を始めていた。
 私は仕事机に坐ると朝刊をひらいた。すると、そこには附近に商店を持った大相場師のSが、いよいよ起訴されたこと、またしても近頃流行する、都会女の自殺が写真入で報道されていた。金融界の乾《いぬい》の手輩としてN・R漁業権を背景として、政党と政党の対立に山師の貫祿を見せた彼も、内閣が更迭《こうてつ》すると疑獄事件のうずのなかに、不治の病を発してしまった。
 内閣が変って、金解禁とともに現金通貨に需要が減退して、金融市場は、遊資のために市場金利においてコール貸日歩の急落、国債、
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