商権は、[#「商権は、」は太字]ノラの父は華僑のもつ把握しがたい観念をもっていた。それは汗の民衆が商権の支配者になった生活のうえの産物であったかもしれなかった。父はプノンペンを恋の集散場としてのみ、ノラとその母にたいする愛敬のためにのみ心を惹《ひ》かれた。彼はベグノニアの花園を踏んで商業的騒音に生きる、商権の雑音を愛した。彼はサイゴンの穀物の集散市場、その灰色の風景のなかの男であった。ドンナイ河に翩々《へんぺん》と帆かけた米穀輸出船は彼の指揮によって饑饉《ききん》と、戦禍の彼の本国に積出された。また彼はプノンペンから自動車に搭乗して国境のゴム園に車をカンボジヤの原野、白鷺《しらさぎ》の飛ぶ直線道路を、水田に遊ぶ水牛のなかを疾走させた。そこでは彼の富のために働く同胞がいた。ノラはこのような父と母によって中間の一民族として育ってきた。
幸運は、[#「幸運は、」は太字]ノラは幸福であった。近代の男性は薄鼠色の皮膚が好きであった。彼女が踊りにおいてツレブラを好むように、彼女の色素の複雑さが、ジャズが夜中のサイレンのように鳴り渡る都会人の愛情を占領してしまった。そのとき彼女の父は為替相場の変動
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