職業婦人気質
吉行エイスケ
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)煩悶《はんもん》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#ローマ数字2、1−13−22]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)なか/\
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美容術をやっている田村スマ子女史は山ノ手に近代風なささやかなビュテイ・サロンを営んで、美しいモダァン・マダムたちにご奉仕していた。そして彼女の夫の田村英介氏は才能あるにもかかわらず不幸にしてまだ無名の文士ではあったが、スマ子女史がつねに「彼氏浮気もの」と称しているだけになか/\各方面に発展してスマ子女史に愉快な煩悶《はんもん》をときどき提供するのであった。
すでにスマ子女史と英介氏が結婚して数年になっていたが、いまだかつて二人は、ちょいと拗《す》ねたり、お小使いがなくてすこしばかり憂鬱《ゆううつ》になることはあっても、こんにちかぎり僕は君とわかれる、とか、そんなに君が云うんなら妾《わたし》でて行きますなどと夫婦でいさかうようなことをしたことがないのだ。
スマ子女史は英介氏と結婚して東京の郊外に文化住宅を借りて棲《す》んだところ、最初に彼女を煩悶さす事件があった。それは英介氏のむかし馴染みの女友だちがたずねてやってきて、英介氏を郊外の酒場へさそったり、彼女たちのアパルトマンでポーカーを一晩中やったり、英介氏にタキシードを着せてテッフィン(レストラン)に連れだしたりしたからだ。
そんなときスマ子女史は、彼女の「彼氏浮気もの」を待つあいだを英語の勉強をしたり寝台のうえで体操をしたり日本の作家の有名な小説を読んだりしているが「彼氏浮気もの」が、にこ/\わらいながらかえってくれば、悦《うれ》しくなって、なにしろ彼は可愛いいので、だがすこしばかり眼に涙をためて、
――おかえり! 英ちゃん! 君が妾を待たすなんてけしからんなあ!
――ごめんね、これからは二どと、あんな女とでかけないよ。僕ぁ、よくなかったね。
――うん、いいんだよ。だが、君ぁ、たちのよくない子供だと妾思うわ。
ところが、ある日のことスマ子女史はつねとは違真面目な顔をして英介氏に云った。
――妾、いいこと考えたのよ。で
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