も、これは君の決心を必要とすることだわ。
――やあ、あらたまったな、なんだい。
――妾たちいまはパパからお金もらって生活しているでしょう。それなのに君は小説家志願でいつになったらお銭《あし》がとれるようになるかわかんないでしょう。だから妾、発奮して美容術を習って二、三年後になって君と妾とだけの生活の道をつくっておきたいと思ったので、じつは丸の内の山根さんのところへ二年間内弟子にしてもらうことに決めたわ。
――やあだが、承知するが、パパは君が美容術をやることは反対するね。
――ママが泣いちゃう!
 そして、数年後、田村スマ子女史は山ノ手の彼女のビュテイ・サロンで勇ましく朝から夜まで働いた。

     2

 ストリート・ガールであった、鋪道《ほどう》のアヴァンチュールにかけては華やかな近代娘の典型であった四家フユ子が、赤い梯子《はしご》を登ったのだ。
 粋な銀座の裏街のホテルの一室で――ええ、そうよ。妾は浮気が商売よ。と、当代の男性にとっての理想の女性は脚部の肉色のデコルテを紊《みだ》して云った。
 いままでソファの底に沈んで、情婦のつくってくれたあたたかいラム・パンチをのんでいた田村英介氏は四家フユ子のデコルテの紊れに強い感情を乱されて、
――おまい、僕と別れたいんだろう――
――ノン、あなたが妾を囲いものにするからさ。
――だが、浮気の道を封ずることは男の特権だからな。
――お可笑《かし》な生理学なんか妾、知らない。
 しかし四家フユ子は英介氏の腕輪のなかに障害馬のように飛こむと、棕櫚《しゅろ》の毛皮のような髪の毛を乱雑にカールした黄色い額の波打際を仰向けにして、ずるそうに彼にわらいかけた。
――クリスマス・イブは、おまいの古巣へ行って踊るか。
――タムラ、あなたの贈りものは?
 銀色の絞られた水平線まで彼女は片脚あげて、恋愛の条約による奥の手を英介氏にひらめかすのであった。

     3

 田村スマ子女史が眼覚めると、隣室で仕事をしていた「彼氏浮気もの」が、
――やあ、お眼ざめですか、親愛な女史よ。
――あら、お早う、いつおかえり? ご挨拶なしで………………。
 寝台から跳ねあがる音がして、黒いスカートのもとから素足のままで、フランのワイシャツに汚れたネクタイを締めながらスマ子女史は英介氏の部屋にやってきて、ストーブのまえでうずくまりながら、
――お仕事で
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