わ。」と憤懣《ふんまん》の色をうかべて彼女がこたえた。
赤い首巻きを締めるように、肥満した男の太い呼吸がばったりやむと、人口的な都会の性格が夥《おびただ》しく牀《ゆか》にふれた。一刻後、太田ミサコはグリーブスな武者わらいをして、ハンド・バッグに一枚の紙片の重さを感じながら支那ホテルの階段に榴弾《りゅうだん》の音をたてて下降した。
2
戸外に彼女がでると、萎黄《いおう》病のように燻《くす》んでしめった月が建物の肋骨《ろっこつ》にかかっていた。
彼女が臘虎《らっこ》の外套に顔をうずめて銀色の夜半の灯のもとを、二、三歩すすまないうちに、金格子の門衛室の扉がひらいて青馬のような近視眼鏡をかけた小肥《こぶとり》なボッブの女が小走りにちかづくと、悪意のあることばで、「やあ、奥さん。あなた身重になるつもり!」
「ああ、あなた探訪記者だわね。」
「深夜のミイラとりだわよ。」
彼女は女記者のむくんだ肩を美しく手いれされた指でふれて、起重機のそびえた黄色い空を見あげながら、
「ちょいと。」
「なーに。」
「これ少しよ。」
「まあ、妾に。でもこれじゃ駄目だわ。」
太田ミサコはとっさに
前へ
次へ
全23ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
吉行 エイスケ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング