記者の近視眼のめがねのしたで、ずるそうな意志が図解されているのをみとめた。
「あなた、いらないの。」と、強く云いきるとふたたび建物の影にそって歩きだした。
 狼狽《ろうばい》した女記者の太い拳が彼女の眼前につきだされた。夜半の都会が同盟|罷業《ひぎょう》のような閑寂さを感じさせた。
「あなたいらないの。」
「いただくわ。」
「ではお願いがあるわ。あなた妾を明朝たずねてきていただきたいの。妾の考えではあなた中々見こみがあるわ。」
 困憊《こんぱい》した女記者を尻目にかけて、彼女は一枚の名刺を手渡すと、既に通りかかった車にのると、疲労したからだをクッションに埋めて都会の大桟橋を右に折れた。
「畜生!これっぽっしの目腐れ金で妾をろうらくして、売女奴《ばいため》!」
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仏国ポール商会代理店 太田ミサコ 日比谷街 36
[#ここで字下げ終わり]
と、記された花模様の名刺を太い手首に丸めこむと、かの女は豚のように空中に跳ねた。

     3

 翌朝、太田ミサコは支那ホテルからの電話でめざめた。
 肥大した男の恋愛のつづきを受理する女のように頑健な裸《あらわ
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